父の思い出

最期の日々。

ポッカの缶コーヒーと、タバコ。

無限に流れる安室奈美恵のDVD。

癌が進行していてEDだったのだろう(ただしまだそのときは発覚していなかった)。

帰ってくるなり、調子よく、

「今日ちゃんと勃ったぞ」と言った。

おそらく、最後のセックス。

原宿に住む昔の客と(別のひとから聞いたが、その人は別のいい人と再婚したそう)。

このセクシスト(母に対するふるまい)の卑小さ、はかなさ。

よく、道に血を吐いていた。

最期の日々、自分の人生の終わりに、夢をなにも達成できなかったことを嘆いて(パチンコで借金を3000万円背負い、自分の店を潰した)、普段は温厚なのに、いつも我慢してきたのに、1000カットの店で、機材を投げたり叩いたりして大声で暴れた。彼はなんと言ったのだろう。ほかの従業員の目にどう映ったのだろう。どれほどやるせなかったのだろう(ほんとうなら自分の店で、オシャレにして、高級なカットをしたかったけれど(父は美容師だった)、借金してから1000円カットで働いていた)。こんなはずではなかったのに、と。

まもなく死んだ。

ギリギリまで我慢して、ナースコールを押さずに、死の直前、最後の一言、「看護婦さん!」。

 

もう10年前のこと。

いま思えば、人間の生についての思考は、このとき、父の最期のこころを想像するところから強くなっていったかもしれない。(もちろんそれ以前からよく内省する子どもではあったが)。

人間のいのちのどうしようもなさ。

どれほど苦しくても、どれほど受け入れ難くても、人間はそうやって生まれて死ぬ。