ある日、母親に送ったLINE

 長く俯き疫病を恐れながら読んでいた。行きには数ページほどしか読めなかったドイツ文学史が、気づけばもう近世にさしかかっている。どこか、なにかがおかしい。渋滞でもする道ではない。電光表示には一六分で錦糸町駅に着くと書いてあった筈だ。しかし、予定の一六分はとうに過ぎていた。こちらが立ち上がり、足元を強ばらせながら運転席へ踏みよりすぐに「これは錦糸町行きですか?」と尋ねると、薄く淡く無関心に間延びた声で「金町行きですよ」と応じた。こうしてわたしの意思に関わりなく、バスは四ツ木橋を渡り金町を目指していた。
 いま、遠く川沿いの長く並んだ電灯の連なりの端に青白くビルの狭間から成長し暗い紺色の空を左右二つに切り取った東京スカイツリーを一望しながら、四ツ木駅のホームで足を交差させているこの男は、齢三十に差し掛かったところか。快速急行の過ぎる轟音に驚かせられ、喉の渇きを潤すため自動販売機の前に寄っては、品揃えを見て往生していると、奇怪な音が聞こえてきて間もなく電車が来た。二月の夜のホームは、不思議と寒くなかった。帰りは遅くなるだろう。

 

以上、母にLINEで送った駄文。ある夜、母の勤め先で散髪を終え、わたしが先に帰宅する予定だったが、バスを乗り間違えたため母より帰宅が遅くなった。