Die Verwandlung 1

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細野晴臣によるCM音楽集でタイトルは「偶然の音楽」。とはいえ、CM自体は欲望のありかたを必然にしようとする営みではないか。

 

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カフカ『変身』からの試訳。

 

 グレゴール・ザムザはある朝のこと、不穏な夢々から覚めると、ベッドの中で自分が一匹のどえらい害虫に姿を変えてしまっていることに気がついた。彼は装甲のごとき堅固な背中をしたに仰向けに寝そべっており、そこからふと頭を少しもたげてみると、まあるい褐色の腹が見え、それは硬くふくれたいくつかの小さな筋をもっていた。腹のうえのかけ布団はいまにもずり落ちそうになって、引っかけておくのがやっとだった。からだのほかの部分と比べて悲しくなるくらいに細った脚々がかれの眼にやる方なくひらひらとちらついた。

 「おれの身になにが起こったんだ」、と彼は思った。夢ではなかった。いくらか小さいとはいえまともに暮らせる彼の人間用の部屋は四方をなじみのある壁に囲まれ静まりかえっていた。テーブルには封を解かれた布地の商品見本が広げられており––––ザムザはセールスマンだった––––そのうえの壁には絵が、ちかごろ彼がイラストつきの雑誌から切り抜き綺麗な金色に塗られた額縁にはめこんでおいた絵がかかっていた。その絵に描かれた女性は、毛皮の帽子と毛皮のボアをまといぴたと椅子に腰かけて、肘までをすっぽりとつつむ厚い手袋をしたその手を、絵を見るこちらの方へ掲げていた。

 グレゴールの眼は窓を向き、淀む天候に––––雨粒が窓板を打(ぶ)つ音が聞こえる––––すっかり陰鬱な気分になった。「もうちょっとでいいから二度寝ができれば、あらゆるばかげたことどもを忘れることができればいいのに」、と彼は思った。が、そんなことはまるで出来そうになかった。というのも、彼には身体の右側をしたにして寝る習慣があるのだが、いまの彼の状態ではどうしたってその姿勢へもっていくことができない。どんなに力みを入れ右側へ身を放ってみても、くりかえし彼は仰向けのままゆらゆらと揺れて元へもどってしまう。自分の足のさわさわ動きまわるのを見ないよう目を閉じつつ彼は何度も何度もそれを試みたのだが、ようやく諦めた。いままでに感じたことのないような軽く鈍い痛みを感じ始めていた。

 「ああ、神」と、彼は思った。「なんてつかれる職についちまったんだ。明け暮れても旅の途上。業務のあれやこれやが店でやる本来の仕事よりきつい。くわえて厄介なことがある。電車の乗りつぎが上手くできるかだとか、不規則でしょぼい食事だとか、いつだって取っかえ引っかえ、続いたためしもない、心の通わない人間関係だとかね。欲しけりゃ悪魔にだってくれてやるさ!」

 彼は腹のふくらんだところに少しかゆみを感じた。頭をよい角度にもたげるために仰向けでじわじわベッドの脚のほうへと自分を押しだしていった。ようやくかゆいところを見つけたが、そこを小さく白い斑点ばかりが埋め尽くしていた。かれはそれが何だかわからなかった。脚でもってそこを確かめようとしたが、触っただけで悪寒が走り、すぐに引っ込めてしまった。

 彼はぬるっとふたたびもとの姿勢に滑りもどった。「早起きしちまったから」と、彼は思った。「こんなふざけたことになったんだ。人間には睡眠が必要なんだ。ほかのセールスマンどもときたらまるでハーレムの女たちみたく生きてやがる。おれがたとえば午前の仕事の合間によ、ホテルに戻って依頼された注文を書き留めてるときによ、そいつらはようやっと朝めし食ってんだ。そんなことおれが上司に頼んだらその場でクビだろうよ。いやわからん、それも悪くないかもしらん。両親のために我慢してるんじゃなかったら、とっくにこっちから願い下げだ。上司に面と向かってこの腹の底の俺の思い、ぶちまけてやろうじゃないか。あいつは机から落っこちるにきまってるぞ。それにしてもおかしな礼儀だ。机の上に座りやがって、高みから見下ろして社員と話すんだから。しかもあの上司ときたら耳が遠いから、こっちが十分にちかくへ寄らないといけない。そうだ、まだ完全に望みを捨てるには早い。両親があいつに借りている負債のために貯金ができれば––––まだ五六年はかかるだろうが––––絶対にやってやる。そりゃスケールがでかい。だがいまは起きなければいかん。五時の電車に乗るんだからな」

 

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 蝉(どうやら一週間で死ぬというのは––––確か小学生か中学生が熱心に観察し。いやあ、その熱意が素晴らしい。て明らかになったそうなのだけど––––迷信のようなものだったらしい)が鳴いている。